カテゴリー「天地を相手に生きよう」の8件の記事

2018年8月20日 (月)

自信を持って生きるには

自信を持って堂々と生きてゆくには、どうしたら良いでしょうか?

自分は正しいと信じることが出来れば、堂々としていられるでしょうが、

問題は‘本当に正しいかどうか’です。

正しさの中には、「人間が決めた正しさ」もあります。

法律やモラルや宗教の戒律など…

それらは、人や時代によって変わる可能性があります。

変わるが故に、お互いが自分(自分達)が正しいと信じ合って争いが生じます。

本当に正しいことであれば、誰にとっても、いつの世でも正しいのではないでしょうか?

誰もが正しいと認め得ることなのかどうか一考し、

正しいと思えばやる、正しくないと思えばやらない。

そういう自制をする心掛けが、自信につながっていくのではないでしょうか。

2016年6月28日 (火)

後味で判断

自分が何をすべきか、どうすべきか判断に迷うことがあります。

正邪、善悪を決めかねる時、どうしたらよいでしょう?

我々は、「良心」というものを持っています。

良心に従って行動したときは、そのあと、とても氣持ちの良いものです。

逆に、良心に背く行いをすれば、何か後味の悪さを感じます。

何をすべきか、どうすべきか判断に迷ったときは、

仮にそうした時の後味の良し悪しを判断材料に加てみてはどうでしょうか。

後味の良い方を選ぶのです。

2014年7月24日 (木)

天地を相手に生きる

あなたは、他人が見ていないと、良くないことをしちゃいますか?

ゴミをポイ捨てするとか、他人の物を壊すとか・・・

では、他人が見ていなくても、良いことが出来ますか?

ゴミを拾うとか、困っている人を助けるとか・・・

心身統一合氣道会 藤平光一宗主はよく言われました。

「人を相手とせず、天地を相手にせよ」と。

人を相手にしている人は、他人がいるいないによって、態度が変わるのでしょう。

天地を相手にしている人は、他人がいようがいまいが関係なく、正しきを行うのでしょう。

常に正しきが行える人は、相手にしているものが違うようです。

2014年1月15日 (水)

天地の視点を持つ

①自分の視点でしか物事を見ないと、判断を誤ったり、我がままをしたりしかねません。

②相手の立場に立って相手の視点で物事を見ることが、トラブル回避に役立ちます。

③更に、第三者の視点で物事を見れば、より公平な判断や行動が出来るでしょう。

④更にもう一つ、天地の視点で物事を見ることもやってみてはどうでしょうか。

天地は、この世を生成し、発展させようとしています。

そんな立場から見て、何が正しいのか?自分は何をすべきなのか?…

より大きな心で判断し行動することが出来るようになるでしょう。

2013年3月 1日 (金)

大自然を手本に生きる

誰でも間違いはあります。完璧な人間はいないでしょう。

ということは、人間が作り出した「常識」の中にも、間違いは有り得るということです。

例えば、「姿勢」。

世間では、背筋を伸ばし胸を張った姿勢が良いと思われている方もおられるようですが、

それでは身体に力が入ってしまいます。

身体に力を入れていては、疲れるし、動き難いです。

自然界の生き物を見てみると、

力を入れずにリラックスし、いつでも動ける状態でいるのではないでしょうか。

我々は、人間が作り出した「常識」に囚われず、

大自然を手本として生きる態度が必要と思います。

なぜなら、我々人間も大自然から生まれて来たのですから。

2013年2月26日 (火)

保身よりも世の為に行動しよう

0×100=0

0×1,000=0

0を何倍しても1は生じません。

ゼロより1は生じ得ないから、我々もゼロから生まれたわけではなさそうです。

無限小の何かしらより生じたと考えるのが妥当でしょう。

この万物が生ずる根源となる無限小を、「氣」と称しています。

仏教でいう「空(くう)」も同じような意味でしょうか・・・

我々は天地の氣(空)より生じ、亡くなればまた天地の氣(空)に帰っていく存在なのです。

我々の命は一時的な姿であり、亡くなれば無限小になってこの世には残りません。

そういう意味では、この世での自分の地位や身分を一生懸命守ろうとする姿は、滑稽に見えてなりません。

自分の保身に労力を費やしても、何も残らないのですから・・・

残せるのは、その人が世の為になした功績だけです。

自分の為ではなく、世の為人の為に、与えられた命を使うべきです。

2013年1月 4日 (金)

天に声なし 人を以て言わしむ

「忠言耳に逆らう」と言います。

忠告はとかく氣に障り、素直には聞き入れ難いものです。

「この人からは言われたくない」と、聞き入れ難い相手もいるかもしれません。

そこで一工夫!

その人が言っていると思わず、天がその人を介して言っていると思ってみるのです。

天が我を見守っていて、その人を通してアドバイスをしてくれたのかもしれないのです。

もちろん、その人が感情的に自分の言いたいことを言っている場合もありますから、

その際は、遠慮なくどうぞポイ捨てしてください。(^_^)

こちらが冷静に聞いていると、何となく分かりますよ。(^_^)

2010年3月 4日 (木)

安心立命

他人の評価が氣になりますか?

人に良く見られたい、人に氣に入られたい、人に誉められたい・・・

誰でもそういう氣持ちは多かれ少なかれ有ると思いますが、

あまり度が過ぎるのは考えものです。

他人の評価に一喜一憂し、心の安らぎは得られません。

心身統一合氣道会 藤平光一宗主は言われます。

「人を相手とせず、天地を相手にせよ」と。

昔から「お天道様が見ている」といわれました。

騙しもごまかしも効かない天地を相手にすれば、

誠を尽くして生きる以外にはありません。

人を相手に生きるより、天地に恥じない行いをし、

天地に認められるよう自分自身を磨き上げていく生き方の方が、

真の心の安らぎと自信が得られると思います。