カテゴリー「精一杯生きよう」の11件の記事

2018年7月26日 (木)

人間らしく生きる

動物たちが生きるうえで目指すことは何でしょうか?

「生き延びる」ことでしょうか…?

人間も動物ですから、人間が目指すことも「生き延びる」ことだとしたら…

何か足りない氣がします。

「より良く生きる」

そんな欲求を持つのが人間ではないでしょうか。

何が良いかは人それぞれですが、

自分の出来る範囲で、皆に喜ばれることをする。世の中の役に立つことをする。

そうすれば、生き甲斐を感じて、

良い人生、人間らしい人生を送れるのではないでしょうか。

2016年10月25日 (火)

自分を変える

自分の心や身体を、他人のそれと取り換えることは出来ません。

物ならば、換えることは可能でしょうが・・・

でも、もし物でも交換が出来ない場合、どうしますか?

「捨てる」、「我慢して使う」、「改良して使う」等の選択肢があるでしょうか・・・

自分の心や身体の場合は、「捨てる」わけにはいきません。

「我慢して使う」か、「改良して使う」かです。

「我慢して使う」では、そのままで自分は進歩しません。

「改良して使う」のは、勉強したり、経験したり、訓練したり・・・自分を磨いていくのです。

自分の心と身体は、そうして変えていきながら生きていくのが良いのではないでしょうか。

2016年1月 6日 (水)

氣脈

書道の用語に、「氣脈」という言葉があります。

氣脈のある字は、文字と文字の間、点画と点画の間に、氣持ちのつながりがあります。

これを、私たちの一生に当てはめてみるとどうでしょう?

何かやったら一休み、何かやったら一休みと、

氣持ちを切りながら送っていると、

ろくな人生(作品)は残らないかもしれません。

立派な人生という作品を残す人は、一貫した想いがある人なのでしょう。

氣脈の通った人生を送りたいものです。

2015年10月 2日 (金)

明日ありと思う心の仇桜

「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」

親鸞聖人の言葉だそうです。

この世は生成流転しており、瞬時も止まることはありません。

今日生きているからといって、明日も生きていられるという保証はありません。

今日という日を、否、一瞬一瞬を大切に生きたいものです。

2015年1月 2日 (金)

根を張る努力

根のない大木はないといいます。

根がなければ倒れてしまいます。

我々人間も、物事に動じない人は、根がしっかりしているのでしょう。

人間にとっての根は、自己を磨く不断の努力によって養われるのではないでしょうか。

日々コツコツと努力を続ける人は、目を見張る程の急激な変化はなくとも、

しっかりした根が伸び続けていることでしょう。

氣がついた今から、始めてみませんか。

根を張る努力を続けると、粘り(根張り)強くなりますよ、きっと。(o^-^o)

2014年5月 6日 (火)

もう一人の自分を育てる

落ち着きのないのは、生まれつき?

氣が小さいのは、生まれつき?

身体が弱いのは、生まれつき?

体力がないのは、生まれつき?

持って生まれたものだから仕方がない???

いやいや、そんなことはありません。

持って生まれた心と身体。

この心と身体をコントロールする、もう一人の自分を育てれば良いのです。

もう一人の自分は、

心を静め、積極的になる方法を知っています。

姿勢を正し、リラックスする方法を知っています。

もう一人の自分に、自分の心と身体の面倒を見てもらえば、

心身が整い、本来の能力を発揮出来ます。

循環が良くなり、健康を保つことが出来ます。

より良いプラスの人生を歩むことが出来ます。

実は、その“もう一人の自分”を育てるのが、心身統一合氣道なのです。

2013年1月 1日 (火)

新しい自分に出会おう

自分の能力はこれ位、

自分の器はこれ位。

それってどれ位?

自分で勝手に過小評価していたとしたら、もったいない。

人間は心身を統一すると、自分でも氣付かなかった能力を発揮することができます。

実はそれが、本来の能力なのです。

ただ、皆心身を統一する方法を知らないだけ。

心身統一合氣道では、心身統一の法を学び、

自分が持っている本来の能力を発揮する方法を学びます。

きっと新しい自分に出会えることでしょう。

是非最寄りの心身統一合氣道の道場・教室へ!

心身統一合氣道へのお誘いでした。(*^_^*)

2012年6月26日 (火)

「相対」から「絶対」へ

「生存競争」、「弱肉強食」という言葉があります。

他人より強く、他人より多く、他人より上に・・・

しかし、相対的なものを求めている限り、ゴールはありません。

上には上があります。心が完全に満たされることはないでしょう。

上手く行かないときは、自分の存在価値すら見失ってしまい兼ねません。

心身統一合氣道は、人と比べる“相対的強さ”を求めてはいません。

一人一人が、心をしずめる・リラックスする・やる氣を出すなど、

自分の心身をコントロールすることを学び、

天地から与えられた能力を充分に発揮し、

世の中の発展に役立つ人材となれるよう修行します。

言わば、自分に克つ“絶対的強さ”の勉強です。

他人と比べる必要はありません。

そこには敗者はいません。

各人が自分を活かし、有意義な人生を歩むことが出来れば、皆が勝者です。

2012年5月 8日 (火)

今に心を向けて生きる

この世は生生流転して瞬時も止まりません。

今(イマ)の‘マ’の時は、‘イ’はもう過ぎ去っています。

一瞬一瞬は二度と戻らない貴重な時間です。

ところが、その貴重な時間を、我々は案外無駄に過ごしていないでしょうか?

特に、心が暗くマイナスになっている時間は、出来れば短くしたいものです。

心をマイナスにせずに過ごすコツの一つとして、

“今”に心を向けてみては如何でしょう。

「憎み」「恨み」「後悔」等は、過去に心が行っています。

「憂い」「心配」「不安」等は、未来に心が行っています。

今を一生懸命に生きていれば、

そのような煩悶が入り込む余地は、う~んと減るのではないでしょうか。

今を一生懸命に生きていれば、

過去の意味も、未来の姿も、変わってくるのではないでしょうか。

「心は現在を要す 過ぎたるは逐うべからず 来たらざるはむかうべからず」です。

2009年4月13日 (月)

生きることに全力を尽くす

心身統一合氣道会 藤平光一宗主の言葉の中で、私が好きな言葉があります。

藤平宗主曰く、「わしは絶対死なない。」

えっ???…そんな馬鹿な。生あるものは必ず死があります。

実はこの言葉には、続きがあります。

「わしは絶対死なない。但し、生きてる間はね。(^^)」

世の中には、病や将来のことを氣にするあまり、

心配や不安で心が覆われ、やる氣も出ず、何も手に付かない人がいます。

藤平宗主は言われます。

「そういう人は、生きながら半分死んでいるようなものだ。」

「生きているうちは生きる事に全力を尽くせ。死んでから死んだと思っても遅くはない」と。

生死がありながらも生死に引きずりまわされぬ生き方が、

不生不滅の生き方だと、禅の世界でも説いています。

生命あるかぎり、与えられた‘今’を大事に、精一杯生きることが大切だと思います。

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