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2010年3月 4日 (木)

食べたものに恥じない生き方を

私たちは日々、いろいろな食べ物を頂いています。

お米、肉、魚介類、野菜、果物等々・・・それらは元々、命のあったものです。

立場を変えて、我々が食べられる立場になったとしたらどうでしょう。

合氣道教室の子どもたちに質問します。

「もし自分がブタで、人間に食べられることになったとしたら、どんな人に食べられたい?」

「そんなのイヤだぁ~」と抵抗する子もいますが、

「もうつかまって料理されちゃったとしたら、どう?」と説得して質問を続けます。

すると、だいたいの子が、「いい人!(に食べられたい)」と答えます。

悪い人に食べられるのは、面白くないようです。

昔から、御馳走ばかり食べて、人間らしい良いことをしない者に、

「あいつは穀罰が当たる」と言うそうです。

また、食べるだけで何の役にも立たない者に対して、

「穀潰し(ごくつぶし)」という言葉もあります。

我々は、自分が頂いたものに対して、正しく生きる責任があります。

それらの命を引き継いでいると思って、食べたものに恥じない生き方をしたいものです。

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